親知らずのこと。

ある朝、目を覚ますと右あごの関節に違和感がある。なんだかフガフガと噛み合わせがわるい。

ひとまず気にしないことにして学校に向かったが、フガフガはやがて鈍い痛みを伴って自分の集中力を削いでゆく。

翌日には、もう右側でモノが噛めないほどにフガフガがひどくなっていた。食事をとる際には左にコクリと顔を傾けねばならず、そのさまはなにか考え事でもしているかのようでただのあほである。

自分は左に顔を傾けたまま、思った。

うーん、これは、あれだ。親知らずだ。

ずっとほったらかしだった親知らずの、4年ぶりの噴火である。

前回の噴火は、自分がまだ17歳の頃だった。

めずらしく高熱を出して内科に出向いたが、処方された風邪薬や解熱剤がいつまでたっても効き目を見せない。

熱は40℃を超え、食事もノドを通らず、擦ったりんご汁をすするのがやっとであった。

それが一週間も続いたものだからヘトヘトになって、また同じ内科を訪れた。

「どれ、もう一回ノドを見ますね……あれ? もしかして奥歯痛い?」

熱で朦朧としていてよくわからなかったが、そう言われればフガフガする。

「これはね……紹介状書くから、隣の歯医者行って」

なんのことやらさっぱりわからんが、この高熱を下げてくれるなら歯医者でも犬猫病院でもどこでも行きまっさ、と這うようにしてドアをくぐった。

「あー、膿んでますね。こーれはツラかったでショ」

なんと、一週間続いた40℃近い高熱の原因は右下あごの親知らずだったのだ。どうりで風邪薬が効かぬわけである。

応急処置ですヨ、と言って歯科医がメスを口腔に入れ、ピッと動かす。熱はウソのように引いていった。

「では来週ネ、また来てください。親知らず抜いちゃいまショ。真横を向いて生えてるからちょっと大変ですヨ」

そんな恐ろしい宣告を受けておいてまた来る了見はあるまい。こちらは熱さえ下がればいいのだ。ケロッと元気になった自分はへえ、と曖昧な返事をしてさっさと帰宅し、ぐーぐー寝た。

あくる晩、当時仲良くしていたおじさんバンドのメンバーから連絡があった。 快気祝いに焼肉食わしちゃる、というのだ。

自分はまだまだ寝たかったが、1週間も顔を出さず心配をかけた手前、断るのは忍びない。はーい、と言って近所の焼肉屋へついて行くことにした。

当時の自分は今より輪をかけたどえらい偏食である。普段であればこれといって食べたいモノもない。

しかし、一週間ぶりのまともな食事を前に、自分の味覚はかつてないほどびんびんに研ぎ澄まされていた。

へたってるときはこれが一番効くんや、と言いながらおじさんメンバーはニンニクの粒をゴリゴリとすりおろし、それを自分の焼肉ダレにどばどば投入してくれる。その躊躇のなさと手慣れた所作が、おじさんの日々の生業が肉体労働であることを思わせる。

やがて運ばれてきた分厚いカルビをぼってりと網に横たえ、トングで次から次へとひっくり返して、ほれナンボでも食え、と小皿にどんどん乗せてくれた。

あれから自分も大人になり、さまざまな街で上等な料理を口にした。しかし、この時のカルビほど美味しいものに自分はいまだ巡り合ったことがない。

……などと美談で締めくくるのはいいが、要するに親知らずはほったらかしのまんまなわけで、またあの高熱に苦しめられたりしてしまえばぼくは進級ができなくなってしまう。

うーん、万事休す。

と、思っていたら数日で腫れはすっかり引いた。わーい。

ということで、今も自分の右下あごには横向きに生えた親知らずが埋まったままである。おそらく抜くなら今であるが、今日も勇気は出ない。


それでは、また

おしゃべりについて。

おしゃべりが好き。

おしゃべりは好きだが嫌い、この矛盾を理解できる人も少なくはないのではないか。ぼくはたくさん人とお話をする機会がある。

お相手は、男性の場合もあれば女性の場合もある。年上の場合もあれば年下の場合もあり、はじめましての場合もあればもう何度もお世話になっている旧知の方の場合もある。そこにさまざまな地域性も加わる。

せっかくこれだけ多様な相手と話せるのだから、たとえば互いの小さい頃の思い出、こんなものが好きだったとか、ここに大きなケガのあとがあるだとか、そんな話ばかりできればきっと楽しかろうに、と思う。

ああ、あるある、自分も同じようなことがあるのですよ、というやりとりはなぜか互いを気色よくさせる。《共感》というやつである。

仲のよい相手との共感も気色よいが、あまり知らぬ相手との共感はさらに気色よく、それが年もはなれていたり生まれた場所もはなれていたりすると尚のこと気色よい。

なぜ気色よいかというと、はなれているはずの距離がぐぐ、と近づいたように感じるからで、つまり人間は根本的に「近づきたがる」習性をもっている。

我々がウイルスの流行にたびたび苦しむのもその習性によるところであり、近づかぬこと、話さぬこと、と言われるとどうもぐぬぬ、となってしまって、なんというか弱点をつかれたような気持ちになる。

 

我々はことばをさがす。共感できる経験を思い出す。

好きになったもの、訪れた場所、なつかしい悩み。

ことばは経験であり、ことばをさがすことはその中から他者と共有できるものを選ぶことである。

ちょうど近頃読んだ短編小説に、小学校教諭が生徒をまったく理解できずに苦悩する話があった。

古いフランス映画にも『大人は判ってくれない』という題のものがある。

大人と子供の物別れは永遠のテーマだが、これはなにも大人が不純で子供が純、というわけではなく、単に子供が得ている経験=ことばの少なさゆえに会話が成立しないだけではないかという気もする。

思えば子供の時分には、他者との共感によろこんだ記憶がほとんどない。それは親密になる相手のほとんどが同じ時代に同じ地域に生まれ、同じコミュニティに属し、だいたい同じ時間に寝起きして同じ遊戯に没頭し、同じ内容の勉強に難儀したりしていたからであって、ことばをさがすまでもなく、なにもかもを共有していたからにちがいない。

そういった通過儀礼を経て、我々はそれぞれの人生を選び、はなれてゆく。

同じ遊戯に没頭していた季節はもう訪れず、その先で出会う人々は実に多様で、理解し合うことはいかにも難しい。

それでも、まだおしゃべりをつづけよう。記憶の果てまで、尽きることなく!

 

それでは、また

春になりかけの雑記

桜の季節は年々早まっていて、ここ数年は3月末には見頃をむかえる。そして入学式の頃にはすっかり葉桜なのだから、そのうち「♪ 桜がどうのこうの~」みたいな歌が卒業シーズンに歌われることもなくなるのかもしれない。

これもあれですかね、地球温暖化の影響なんですかね。なんて思うが、我が家はまだまだ肌寒く、今もちっこいストーブをつけてこれを書いている。

このストーブは数年前に友人が要らぬというのでもらったものである。

もう自分は人が捨てたものを拾ったり食べたりしない程度には大人のつもりだが、じゃあなぜこのストーブはもらったかというと、ルックスがかわいらしかったのだ。

高さは50~60cmほどの円筒形で、白のプラスチック製。電気式ではあるが、ヨーロッパの古いアラジンストーブを模したようなデザインになっていて、なんともいえぬミニチュア感があり、ひと目で気に入ってしまった。

自分はここ一番の物欲しげな目で友人とストーブを交互に見やり、見事いただいて帰ることに成功した。

さっそく自宅の作業机の足元に置いてみると、空いたスペースにぴったりと収まるではないか。こういうのをシンデレラ・フィット、というらしいことを最近なにかで知った。

寒い季節、ぼーっとオレンジ色に灯るこのストーブの電熱線に足を近づけながらもう何冊本を読んだことだろう。

そしてここ最近は、こいつにしがみついていくつかの服を作っている。

先週あたりまでは習作のようなもの、なにかに使えるかもしれないスケッチがちらほらと出来る程度だったが、今週に入ってようやく調子が上がりはじめ、良いペースで仕上がるようになってきた。

自分はパチンコをやらぬが、製作期間はいつもこういう感じで「確変」に入るのを待つ。あのチューリップみたいなやつが開きっぱなしにさえなれば、あとは玉が上から勝手に落ちてきて毎日じゃんじゃんばりばり服が出来る、という寸法である。

「確変」に入るまでに必要な期間はだいたいいつも一週間ほどである。そのあいだは、先に書いたように習作を書くなどしてウォーミングアップをする。

もちろん収穫がない日もあるが、そこでふてくされてはならぬ。そういう日は映画を観る、本を読むなどして気分を整える。

先日観た相米慎二監督の『ションベン・ライダー』はすごかった。メインとなる中学生3人組の中に若い頃の坂上忍がいるのだが、その役名は「辞書」である。河合美智子に至っては「ブルース」と呼ばれていて、女子中学生らしさのかけらもない。やはり相米慎二はすごい。

今読んでいるのは坂本龍一さんと福岡伸一先生の共著『音楽と生命』。

 

それでは、また

石、そして速度の話

アメリカ横断の旅から帰ってきた友人が、お土産をくれた。

出発前に「お土産なにがいい?」と聞かれて自分がリクエストしたのは、メンフィスの路上の石である。

メンフィスの綿花畑なんかがあるようなところ、欲をいえばそこがちょうど十字路になってたりするとなおいいが、そういうところで何十年も前から転がってます、といったかんじの石ころを拾ってきてほしい。

友人は怪訝そうな顔をしていた。まあよいのだ。

かつてのブルースマン、メンフィスに暮らした黒人たちが踏んづけたりけとばしたりしたかもしれない石。いわばブルース石。

それを部屋に置いておくだけで多量のブルースエナジーが空気中に放出され、みるみるブルース力がアップする。そういうご利益のある石がほしいな。

と、言ったところで友人がひとり減るだけなのでそこまで説明はしなかった。

そして彼が拾ってきてくれたブルース石が、こちら。

 

 

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石からブルースエナジーが放出されているさまがお分かりいただけるだろうか。

続けて彼は石ころをもうひとつ取り出した。

「で、こっちはエルヴィス・プレスリーの家の石だよ」

なんとロックンロール石まで。持つべきものは友である。

 

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こちらも、みんみんとロックンロールエナジーが溢れ出ているのがわかる。おかげでもみあげが心なしか太くなった気がする。

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先日の話。

こないだバイクを買ったばかりの友達が「どうもバイクは疲れる」と言った。

あんな便利そうな乗り物のどこが疲れるんだ、あれか、やっぱり事故を起こさぬよう常に緊張しているのか、と問うたが「ちがう」と言う。

「自分は法定速度ギリギリのスピードをずっと保ってただ快適に走っていたいだけなのだが、バイク乗りというヤツらはどうも競争が好きらしく、追い抜くと必ずグイグイと抜き返しにくる。それがストレスなのだ」

「自分は競争したいのではなく、ただ速度を保ちたいだけであるからどうか構わないでほしい」のだそうだ。

ぼくはバイクに乗ったこともなく、あまり興味すらないのだが、その「競争したいのではなくただ速度を保ちたいだけ」という言い回しがなんだかよくて、ふむふむふむと盛大に首肯した。

自分の音楽もそうでありたい。150kmくらいのすごい速さを、落とすことなく保っていたい。

他人に抜かれぬためではなく、ただ次の地点だけを目指してアクセルを踏んでいたい。興味があるのは自らの速度、それだけである。

自分のまたがるマシンは新型ではなく、おそらく旧型にさまざまな改造を施したような珍しいものなので、同じくそんな改造車に乗っている者を見かけるとつい嬉しくなる。

行き先も違う、自分とよく似たマシン。これからの人生会う人もそんな相手であればいいなと思う。

それでは、また

 

むずかしいからうつくしい。

ぼくは情けないほどにくたびれている。

来る日も来る日も朝から晩まで、心血を注いで作業に没頭しているからだ。いつもの制作とはまたちがった緊張感がある。

クルト・ヴァイルとブレヒトを向こうに回して取っ組み合いを続けた半年の、これは集大成であるし、90年ものあいだ世界中で演じ続けられてきた古典の “新訳” を自分の名で世に残す、ということへの重責も感じる。

ぼくが今、取り組んでいるのは “新しい何か” を生み出す行為ではない。古くからあるものをぼくが受け継ぎ、また誰かへと託す行為である。

間違えて伝えるわけにはいかん。というところにどうやらこの緊張の正体がある。

この半年でぼくの音楽観は180度変わったと言っていい。「自意識」の発露ではなく、別の誰かの表現と共存するための音楽。あらゆる意味で、ぼくは初めて “誰かのため” に仕事をした。この経験は大きい。

バンドに限らず、すべての「合奏」という行為は、なんと尊く美しいものか。今さら、そんなあたりまえのことにも感動できるようになった。

他人同士がハーモニーをそろえ、テンポをそろえ、同時に発音することは、案外簡単ではない。

なぜなら、人はみな誰しもがそれぞれ別々の目的を持ち、自由に行動しながら生きているからだ。バラバラに、勝手気ままに。

だから均整のとれたものにぼくらは感動する。等間隔で生え揃った花びらや、一糸乱れぬダンスに。

 

最近読んだ本からの抜粋。

《ひとびとはまちがっている。私たちが真に求めているものは自由ではない。なにをしてもよく、なんでもできる状態など、私たちは欲していない。ーーある役を演じなければならず、その役を投げれば他に支障が生じ、時間が停滞するーーほしいのはそういう実感だ。個性ではなくて役割であり、自由ではなくて必然性だ。生きがいとは、必然性のうちに生きているという実感から生じる。》

 

せわしなく変調する音楽を他人同士が息をぴったり揃えて演奏し続けること。

そんな離れ業を、90年前の楽譜はぼくらに要求する。はじめはとてもじゃないが不可能と思えたことも、今のぼくらには造作もないことだ。だから記念に、忘れないうちに、録音して遺すこと。

それでは、また

EXILE ON RECORD STORE

さて。最近はヒマさえあればレコードと本ばかり買っている。ここしばらくなりを潜めていた勉強欲が、またむくむくとアタマをもたげてきたのだ。

きっとこれは、Instagramにその日聴いたレコードや読み終わった本を載せるようにしたことも大きい。誰かに報告する喜びがあると人は張り切るもんである。

ほてほてと街を歩いて、レコ屋と古本屋をめぐる。これはぼくの唯一の趣味だ。

レコードの詰まったダンボール箱(店側ではこれをエサ箱、と呼んでいる。)に顔をつっこんで、サクサクサク… と高速で品定めをし、棚に並んだCDや本の前をエグザイルの動きで平行に移動していく。この一連の儀式をやれば、目ぼしいモノがなく手ぶらで店を出たとしても、なぜか心は満たされている。

今はAmazonやメルカリなんかがあるから、たとえどんなに古いレコードや本であろうとも(この世に存在さえすれば)検索をかけただけで探すまでもなくすぐに見つかり、その日のうちに配達されてくる。マンガのような未来にぼくらは今、暮らしている。

それなのにわざわざ店でエグザイルするぼくは、つまり《見つからない》ことを望んで店に通っている、ということになる。なんとも不条理な趣味である。

そして何度かのないわー、ガッカリ。を繰り返したのち、ある日偶然入った小さな店でやっとそれを見つけたい。

 探して、なくて 恋におちた
 どこにいても 見つけてやる
 ジジ ぼくたちが求めたのは
 千夜一夜も つづく夢の夢

(Album『オーディション』/“jiji”より)

あるいは、今までなら気にもとめなかったくせに、なぜか近頃やたらと目につくアーティストや作品の傾向から、自分が今どこへ向かおうとしているかを暗示されたい。まだ持っていないレコードや書物は、ぼくにとってタロットのカードでもあるのだ。

ところで、最近見つけた小説の書き出しがずいぶんイカしていた。ただただ克明に主人公が住んでいる部屋のインテリアを描写するだけ、というものだ。

いつかぼくが自伝を書くなら、書き出しはきっとこれを真似して始めよう。舞台はぼくが21歳ついこのあいだまで住んでいた、赤羽のはずれの小さなアパートの部屋だ。

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見た目のイメージよりずいぶん軽い手ごたえで玄関のドアを開くと、正方形を対角線上に切ったかたちの、つまり三角形の土間があるから、そこで靴を脱いでくれ。5畳半の「半」にあたる部分が、そこだ。

きみの目の前にぶら下がってる透明のビニールは、テーブルクロスに使う用のものを玄関から吹く寒いすきま風を防ぐために張ってある。真ん中に切り込みを入れてあるから、バサッと手で開いて、入ってくれればいい。

部屋を見渡すと、まず右手の壁には道に面した大きな窓。開けると、向かいの家の借金取りのおやじが日がな一日催促の電話をかけているのが聞こえる。その下には本棚。棚の上にはインドの神様をかたちどった鈴が置いてあって、遊びに来た友達は窓から手を突っ込み、この鈴を鳴らして寝ているぼくを起こす。

部屋の角には赤色の小さなテレビ。ただしアンテナがないから、ビデオを再生する専用の。つぎの壁にはギターがかかっている。アコースティックで12弦。虎のステッカーが貼ってある。その下に置いてあるCDコンポは、3回に1回くらいの割合で正常に動作する。そしてこの部屋でもっとも場所をとっている、大きな大きな冷蔵庫。中古品を安く買ってきた。その隣カラックスの上レコードプレイヤーだ。60年代のブリティッシュビートのバンドやアメリカのリズム・アンド・ブルースのレコードがいつも回っている。

その反対、左側には大量の志磨遼平ポスターがどかどか貼っている。

奥の角のキッチンには小窓がついている。ここに引越してまず最初に買ったのはなぜか、そこにかけるフリルの上品なカーテンだった。少し前の季節、窓からは花をつけた梅の木が見えるだろう。そばにタオルがかけてあって、その壁には古い日活映画とエルヴィス・プレスリーのポスター、そして食器棚と並んで、CD棚。部屋が狭いせいで、料理の油がCDの背にこびりつくのがやっかいだった。

その左手の扉が、トイレ。赤い電球がはめてあって、今までに酔っ払った友達がふたり、ここでゲボを吐いた。トイレの壁には若い美輪明宏三島由紀夫がやった「黒蜥蜴」のポスター。

そしてトイレの扉の横の、切り抜いたグラビアやフライヤーをベタベタとすきまなく貼ってある大きな襖を開けると、洋服や布団が意外にもきちんと畳まれて収納されている。ずいぶんと奥行きのある大きな収納だったが壁は驚くほど薄くて、隣の部屋のヤク中(のちに警察が踏み込んで逮捕される)の大声はいつもつつぬけだった。

ここで2年間暮らした。

と、こんな感じ。

それでは、また。

変調・愛系の人類。

みなさまお久しぶりです。元気にしていましたでしょうか。

ぼくはあいかわらず屋内作業の日々です。朝にはコーヒーを飲み、朝食を食べ学校へ行き黙々と18時まで手を止めずに作業をする。最近は朝に飲むコーヒーだけが至福の時間となっている。それも、コーヒーミルを買ってしまったのだ。自分好みの豆を調合し飲む生活が楽しくてたまらない。

 

先日初めて『カメラを止めるな!』をレイトショーで観た。たしかにカメラは止まっていなかった。し、たしかにおもしろい映画だった。

生来あまのじゃくなぼくは、周囲でやばいやばいと騒がれている映画をどうも斜に構えて観てしまうクセがある。

そんなにやばいんならひとつぼくも……とひょこひょこ観に行っては今ひとつ乗り切れん、という経験が過去に何度となくあった。

そして今回の『カメラを止めるな!』である。「観ればわかるから」ということで向かった新宿三丁目のこじんまりとした小さな映画館で深夜1時からの回、客は僕と他誰か2人のみ。

感想は、割愛。とにかくうかつに話すと即ネタバレになる内容であるから、観た者は余計にウズウズし「これは観ないとわからん」と同じ伝聞を自分もするハメになる。

かくいうぼくもウズウズしてしまって、そのままゴールデン街で始発を待つことにした。

週末のゴールデン街の熱気はすさまじい。店々の外まで酔客や外国人観光客があふれている。しばしブラブラして、ひとりの男性客が静かに呑んでいるジャズバーに目をつけた。キング・カーティスの “メンフィス・ソウル・シチュー” が流れている。

「お客さん、どこかで飲んできたんですか」と聞かれ、映画を観てきたんです、『カメラを止めるな!』っていう……と答えると男性客とママさんは大笑いである。大分前の映画じゃないそれー、とのこと。なんともバツが悪い。

ぼくもその映画を池袋で観たよ、芝居を観た帰りにね、と男性客が言うので、今度はこちらが「なんのお芝居を観たんですか」と尋ねると、ナイロン100℃の『睾丸』だ、と言う。なんだ同じ穴のムジナではないか、ということですっかり意気投合してしまった。

始発までもう一軒、と次にのぞいた店では、ベロベロに酔った白人女性がカタコトの日本語で土方巽小林秀雄についてマスターを質問攻めにしていた。BGMはサティの暗いピアノ曲。まるで永島慎二の漫画の世界に迷い込んだかのような気分だった。


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Twitterで実にくだらないものを見た。ぼくはソウル・ミュージックにしか興味がないので、きみとは話が合わないだろう。どうぞ行ってくれ、ぼくを置いて、なるべく遠くまで。よろしく頼む。

どうしてみんなソウル・ミュージックを聴かないのだろう? こんなに甘く切ないものがこの世にはあるのに、それ以外になにがいるって言うんだ。実にくだらない。

そうだ、そのとおりだ。ソウル・ミュージックの美しさがきみを救うだろう。ロマンチックにやるんだ、それがすべてなんだ、愛したり愛されたりするべきなんだ。それ以外なんてクソだと思うよ、ぼくは、少なくともぼくだけは。


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友人と「ロマンチックとはなんぞや」という話をする。きっとそれは「時間」に論拠を求めない約束ごとを信じる精神、姿勢ではないか、という結論になった。

例えば、いつかきっと迎えに行くよ、であるとか。(反ロマンチック→「では明朝◯時にお迎えにあがります」)

もしくは、きみの過去なんて関係ないよ、であるとか、未来永劫にあいしてる、であるとか。


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それでは、また